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ニッポンたのしい。

楽しそうなことを求めて日々右往左往するさまを無様に綴ります。

気品と、技と、桂米朝。

中学生の頃でしょうか。

親に連れられて米朝さんの独演会に行きました。

暑い、夏のことでした。

 

トリの演目は、『怪談市川堤』でした。人間国宝が怪談をみっり語り、最後はイリュージョン仕立てで座布団に座った米朝さんがフワリと浮き上がり、突然会場が暗転し、客間を懐中電灯か何かを持った弟子たちがお面をかぶって駆け回り、あちらこちらから悲鳴があがり、またパッと明かりが戻ると米朝さんは舞台のお座布の上に居て、

「さて恐ろしき、執念かな」

と一声響き、チョーンと拍子木が鳴り、その場にいた全員が夢から覚めて感極まって叩き付けるような拍手を送り、緞帳が下がるのを見送りました。

 

さっと差しのべた手先、鬢をかきあげる小指、どこをとっても絵になる所作でした。上品、気品を絵に描いたような方でした。あの頃の米朝さんは、歳七十を過ぎ、美しく枯れ、万人の心に嫌味なくスッと這入ってしまう姿をしてらっしゃいました。

いまも東京で落語を聞くことはありますが、技量を持った人は数えるほどにはおりますが、技を持ちなおかつ溺れず上手く枯れた人はなかなか居ないように思えます。

 

噺家に腕があると、噺が動き出します。

噺家の器が美しいと、噺が中へ入ってきます。

自分の身体の奥底で、噺が蠢くあの感覚を、もう一度味わいたいと思いますし、私もそんなことができるようになれたらさぞ、生きる甲斐もあろうに、と思います。

 

ストーリーテラーの粋をこの身で体験したという醍醐味を胸に、明日も悪友と酒を飲みながら、負けじと与太話をしてみようと思います。

 

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