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ニッポンたのしい。

楽しそうなことを求めて日々右往左往するさまを無様に綴ります。

幸せの意味を、ほろ酔いの夜に考える。

読み物

ほろ酔いの夜に、

幸せの意味とか、

幸せになる近道とか

真面目考えてみた。

 

 

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◆世界一幸せな国ブータン


世界一幸せと言われる国ブータンは、物質的に豊かな国ではありません。アイフォンを見たことすらない人が大半。低水準な衛生事情・医療事情もあり、平均寿命は2012年時点で約70才。日本より15年短い。識字率は5割程度。幼児死亡率も高い。
しかしそ、当人たちは幸せと感じている。何故か。それもこれも、そこに豊かな人間関係があるからでしょう。逆にいうと、

豊かな人間関係さえあれば人は幸せになれます。
(ただし、「幸福度数」という指数はブータンの国策により策定された定義でもあるためかなり宗教色の強い指数であるため一概に信頼できかねる部分も内包しています。)

 




村上春樹さんの「小確幸


まず、著名人の幸せの定義を見てみようと思います。

小確幸は、中国、台湾など東アジア圏で最近はやっている言葉だそうです。「運動の後のビール」「焼きたてのパンを食べる瞬間」など、生活の中の確実な小さな幸せを指す村上春樹さんの造語です。

小確幸、は最も身近な幸せの定義の一つ言うことができるでしょう。

 



小三治師匠の言葉


次に小三治師匠の言葉ですが、小三治師匠がいつかの落語のまくらで、「幸せのかけらを数珠つなぎにして」といったことをおっしゃっていました。日々の小さな、幸せだなあ、っていう瞬間を、数珠つなぎにしていったら、それが最後には誰が見てもそれと分かる大きな『幸せ』っていうもになるなんていう主旨だったと記憶しています。
楽しい思い出をたくさん積み重ねていって、それらをいっぱい胸に抱いて死ねたら、それは幸せな人生だったという定義することができるのかもしれない。そう考えることで、ブータン例にあるように、幸せは寿命の長さとがリンクしない例にもある程度説明がつきます。

楽しかった数々の思い出という宝物を数珠繋ぎにして首から下げて往生ですれば、人は幸せなのでしょう。

 

 



◆気心の置けない仲間


話は少し変わりますが、人の自我は他者を認識するところから発生します。逆にいうと、他者とのコミュニケーションの中でしか人は自分を理解することができません。独りよがりでは結局満足なんてできないんだ、なんてことを言われると、「そんなことはない、独りよがりで充分だ」と言いたくもなりますが(私もそう思っていましたが)、あるときタモリさんが「オタクは結局自分の知識を披露したくてしかたがない」といった旨の発言を、自らが根暗のオタクであるタモさんが言っていて、やっぱり結局は他人が必要なのかあ、と不承不承納得した記憶があります。人はどこまでも他人に依存した存在なのです。

幸せな思い出を効率的に蓄積したり、小確幸を共有したりするには気の合う同志が必要です。そのためには、上辺の会話をしなくも済む、ハイコンテクストな会話ができる仲間が必要です。

 



ブータンのハイコンテクスト


共通の価値観や文化的背景が強い状態をハイコンテクストと呼ばれます。喋らなくても目と目で通じ合う、といったことができるのはその人との関係性がハイコンテクストであるからこそできることです。ハイコンテクストな関係下では、意思疎通がストレスなく行われ、説明に一々手間や努力なしに事の真意が相手に伝わります。
ブータンは(もともとは日本も)ハイコンテクストな文化だと言われます。ブータンのように、宗教色の強い国では年代を問わず価値観・歴史観が近いため、コミュニケーション上のストレスは少なく、さぞ居心地が良いのでしょう。世代を問わずコンテクストが共通していて、家族間のコミュニケーションもさぞ心地よいことでしょう。そういった背景から、ブータンの幸福度数は高いのでしょう。

ひるがえって私の周りを見ると、親も含めて価値観が合うと思える40代以上の人とは会ったことがありません。

いまの日本には世代を超えて共通するコンテクストがないのかもしれません。

 

 



◆日本のコンテクストの行く末


昔なら、天皇陛下を中心とした共通のストーリーがこの国にはありました。それが今は希薄になっているのは異論のないところでしょう。
国全体を覆うコンテクストなきいま、三浦じゅんさんの造語「マイブーム」が流行ったことに象徴されるように、全体に属さない個々人のアイデンティティが重視され、

それぞれのアイデンティティやマイブームに基づいて自然発生した小集団の中でのみハイコンテクストな文化は生まれます。

 

 

 

 

◆結論 : 幸せになる方法

 

  • オタクになる
  • マニアの同志を探す
  • 努力を惜しまない

 

 

〇オタクになる


男女を問わず人と長く付き合うにおいて大切なのは、コンテクストを共有できていることでしょう。価値観が大きくずれていない、と言ってもよいでしょう。自分の譲れないところを予め明確にし、さらには深くつながるためにその譲れない部分、譲れない価値観に対し徹底的に深い知識を身に着けることが必要です。
深い知識は、何らかのオタクへと昇華されます。自分が何オタクかを知り、知識を深め、その何かをお金を稼げるくらい徹底的にマニアックに突き詰めることが幸せへの近道です。

 



マニアの同志を探す


同好会でも、オフ会でも、社会人サークルでもいい。鉄道、アニメ、仕事、料理、宗教、美食、武道、山登り、釣り、ファッション、パン屋さん巡りから経営者同士のコミュニティまで、必ずどこかに自分と近い何かの文脈を持つ集団はあります。

マニアックであればあるほどコンテクストは高密度になり、比例して幸福度も濃密なものになります。
(新興宗教やカルトとかには気を付けましょう)


努力を惜しまない
みんな幸せになりたい。努力なしに幸せを手に入れることはできません。居心地の良いコミュニティを求めて、自分の興味の行く先を見極め、突き進み、異性・同性を問わず、同種の仲間を見つけることこそが人生の醍醐味でしょう。


 


◆私の結論


 私は明日も気の合う友人と楽しいお酒を飲みます。
 今年も気の合う友人と旅行に行きます。
   将来的には気の合うパートナーを見つけます。(最後のは全く見込み立っていませんが、、、

 


 気の置けない友と、家族と酒を飲み、ほろほろと酔い、本音混じりのバカっ話や、人生観、悩み、トラウマ、葛藤、楽しかった思い出、未来を語る瞬間こそが、人生の冥利なのではないかと思います。

 私はそうした幸せのかけらをブログで文字にします。そして後に、こんなことがあったなあなど思い返してはまたお酒をほろほろと飲むのでしょう。

 
 
そんなことを考えた、高円寺で飲んだ日の帰りの夜道でありました。
 
 
 
 
 

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