ニッポンたのしい。

楽しそうなことを求めて日々右往左往するさまを無様に綴ります。

真田堀の甘柿 ~食い道楽帖その3~

 四谷の真田堀は、柿源郷である。

 

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 かつて江戸城の外堀であった真田堀はいまは大学のグラウンドになっていて、日々、野球やサッカー、陸上、アメフト、ラグビー、ゴルフ、テニス、弓道などが行われている。
 グラウンドから丸ノ内線四ツ谷駅を見上げつつ左に目をやると、端にある緑色のネットが目に入る。大学のゴルフ部の練習用ネットだ。夏は絡まった蔦が生い茂り、緑のネットがより一層濃緑となる。その練習用ネットの奥に、私が愛する一本の柿の木がある。
 当時五回生であった私は、上下とも大学のスエットという出で立ちで、自転車に乗ってその練習場、ではなく熟れた実を腕一杯に抱えた柿の一本木を見に伺った。その柿の実は、形からして、甘柿だと私は思った。

 

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 私は自転車を飛び降り、土手を下り、そのままお堀の石垣を飛び降りた。元は水堀の外壁であったという石垣は想像以上の高さだった。着地と同時に尻もちをついて衝撃を和らげたが、しばらく脚が痺れてしばらく立ち上がることができなかった。

 私は、柿食べたい一心で立ち上がり、足を引きずりつつ柿の木に歩み寄った。そして柿の幹にしな垂れ掛かるなりワッシと幹を掴み、脚を掛け、飛び上がり、最初の枝をなんとか手を掛けた。枝の位置は想像以上に高く、腕が伸びきって脚がブラリとなり宙に浮いた。そこで「ぬあぁ!」と奇声を発し、懸垂の要領で腕を縮め、体を持ち上げ、そのまま腹筋で身体をくの字に曲げ、頭を下にして持ち上げた脚で幹を挟み込み体を固定しなんとか体勢を立て直しグルリと体をまわし、ついに枝の上に腰掛けた。見晴らしは良かった。周りは柿パラダイスだった。桃源郷ならぬ、柿源郷である。取り敢えず手近なのを捥いで一口ガリリと齧ってみると、甘い。果たしてやはり甘柿であった!

 私は手近にあった枝をポキリと一本折り取った。毎日食べるよう、また、彼女に食べてもらう分も考え、十個ほど頂戴した。私はルンルンと家路についた。自転車の前籠に、夕日色をした秋の味覚の重みがし、足取りは軽やかだった。

 

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 甘柿は、剥けば食べれる。実は少し黒みがかっていて、これが甘い証拠である。では渋柿は食べれないのかというとそうではない。もちろん渋を抜くことは出来るのだけれど、そのまま食べる法がある。

 

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 私が最初に道端の柿を食べたのは渋柿だった。それ以来、私は柿が大好きである。その辺にある渋柿は、大方が上の写真のように長細い形をしている。甘柿のように横に丸くはなってはいないのである。

 大切なのは食べ頃である。甘柿は黄色くなっていれば食べれるが、一方の渋柿は、手で触って形が変わらないうちは食べれない。食べると渋味で大変なことになる。触って、ブニュッと、ゼリー状の液体のような感触になり、熟れて黒みがかった赤色をしたものが素晴らしいのだ。この頃になるとカラスがやってくるので、色合いを見計らいつつ日々プニプニと硬さを確かめておくと良いだろう。それを木から捥ぎ、皮を指先でベロリと剥くと、中は琥珀のような半透明。かぶりつくと、グジュッと柔らかな食感で、口の中一杯に甘い甘い味が広がる。これが渋柿の妙味である。

 

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 高校の垣根や、大学のグラウンドにあるのはどうしてだか甘柿でが多い。適当に生えている渋柿は、片田舎にしかないのだろうか。

 適当に、ふらふらと歩いていてその辺になっているグズグズの熟れた渋柿を不意にパクリと食べる風流は、なかなか贅沢な体験だったのかもしれない。