ニッポンたのしい。

楽しそうなことを求めて日々右往左往するさまを無様に綴ります。

卵はコスパ ~食い道楽帖その4~

世に卵ほど安価に滋養強壮をつけれるものがあるだろうか。

 

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 『卵かけ御飯』と銘打ってCDにまでなった人間国宝柳家小三治師匠のマクラがある。その昔、卵屋さんは卵をその場で新聞紙にくるんで売っていたそうだ。そこで買う際には日の光に透かして中身の様子を見たのだそうだ。中に黄身の様子があればまだ大丈夫で、中がドロドロになっていて気味が分からなければそれは腐っているとかなんとか。

 当時は卵は比較的贅沢であったらしい。だから私のような貧乏人は昔のことをおもいつつ卵をたくさん食べていればいいのだと思う。気で気を養ってこそ貧乏人たり得る。私は贅沢にも毎日卵を豪勢に食べている。

 

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 そういった経緯から私は卵料理は大の得意である。最近はオムレツがうまく作れるようになった。大切なのは新しいフライパンの一面にバターをキチッと塗りつけることである。フライパンを充分に熱してから卵を流し込み、入れるやどんどんかき混ぜ、ダマができ始めたらすぐ奥に固めて丸めて、何度かパタパタと手首のスナップでひっくり返す訳である。

 油断をするとすぐに焦げ目が付くので、心を鬼にして中は半生のままお皿へ移す必要がある。我が御母堂はどうもしっかり火を通そうとする悪癖があり、半生のまま卵を食べることに対して私は今でも若干の罪悪感がある。火を通したくなる気持ちを我慢してこそ真の美味しいオムレツは産まれる。これはプログレッシブミュージックに似ているかもしれない。オムレツは、ピンクフロイドと同列にあるといって果たして過言はない。と私は思う。我慢して、我慢をした先に真の恍惚が待っている。

 

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 また、簡単にもかかわらず存外に美味いのが、私が「タマゴすい」と呼ぶ料理である。作り方は非常に容易く、お湯に白だしとほんの少しお下地を垂らし、沸騰したことろで溶き卵を流し込み、少ししてから半生のところへ菜箸をサラ、サラと十字に一度だけ通してから煮立たせ、そのままお丼ぶりに移して食べる。

 これはもともと関西ではよくお饂飩の上に乗っけたりするものだが、二日酔いのときにはお饂飩を抜きにこれだけをいただいて滋養を得るという手筈である。

 

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 常用、特用、二日酔いと場合を問わず、朝には卵である。食通の第一歩は卵にあると諸氏心得るべきであろう。よく卵が先か、かしわが先か、などと世に言うが、かしわは高く贅沢であるため、貧乏人は卵が先と心得るべきであろう。