ニッポンたのしい。

楽しそうなことを求めて日々右往左往するさまを無様に綴ります。

海のフォアグラと称されるカワハギの肝。 ~食い道楽帖その5~

阿呆を言うな。

フォアグラが、陸のカワハギの肝なのだ。

 

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 話の肝(キモ)、などというように、本質は肝にある。旨味もまたしかり。肝といったらフォアグラだろう、鮟鱇ではなからふかなぞ思索された諸賢もおられるとは思うが、此度は違う。カワハギである。西ではこれをハゲという。皮が剥げやすいためこう呼ばれたそうだ。調理の工程を名称にするとはなんとも食い意地の張ったものであるが、それだけ美味いのだからあまり馬鹿にもできない。現に私も、彼女の鼻先を切り落とすやニコニコペリペリと皮を剥ぐ一人である。

 何故カワハギか。

 

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 カワハギの醍醐味はまず釣るところから始まる。洋鴨を飼育している、地引漁に出て鮟鱇をとってくるという御仁はまあおるまいが、肝の美味いカワハギは秋口にどんどん釣れる。その釣り味はほかのどの魚よりも深淵である。カワハギを釣るものにのみ与えられる「カワハギ師」という呼称の由来もその深みにこそある。
 いつであったか、後輩と釣りに出かけた折にお目当ての鯵がちっとも釣れず、何故だか大きなウスバハギが釣れたことがあった。1尺5寸はあったろうか。仕方ないので持ち帰り、調べてみたところこれは身は水臭いが肝臓は本カワハギ同様美味いのだそうだった。捌いてみると確かに身は水っぽく、煮物にでもしないと食べれそうになかったが、どっこい肝がとても大きい。肝臓は黄色く、つるりとした表面をしていてズッシリと重い。なんだか気味が悪いなあと端こそ思ったが、包丁で叩いて醤油を少したらすと絶品であった。腹からずるりと出てくる姿はなんとも奇妙ではあるが、フォアグラの飼育方法などを思えばまだ健康的に思えた。海から引き上げるところから捌く段ににおけるまで自らの手にかけて食べた肝は格別であった。

 

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 先だって、またカワハギ釣りに行った。きちんと血抜きをした方が肝の色が白くなり美しいので同行する仲間に血抜きの方法を伝授した。竿先をググッと引っ張る釣り口がなんとも興奮させられる。リールを巻く間にもプルプルとした手ごたえが伝わり、上がってきたそれは「ぶーぶー」と声を出して不平不満を訴えて可愛い。

 結論としてかなり釣れた。関係ないが、カワハギの唇は、プルプルと柔らかい。柔らかいのでツンツンと触りたくなるが、フグに似て歯は恐ろしく鋭いので注意が必要である。

 釣果をもって帰宅し、まずはバリバリと皮を剥き、刺身、塩焼き、煮つけ、なめろう、などに調理して食べた。刺身単品はやはり味気なかった。塩焼きは白身の淡白な味だったが悪くはなかった。とはいえうまいのはやはり煮付であった。そしてなによりも、肝を潰し、そこにお醤油を入れた『肝醤油』につけて食べるお刺身は至上の妙味であった。

 カワハギの肝は秋に肥える。冬に向けて養分を蓄えるからだ。春や夏では、数は釣れるが肝は痩せきっているのだ。こうして書いているだけで、また食べたくなってくる。秋である。

 

 私にとって、秋と言えばこの「カワハギの肝」が旬の味覚として一番に想起させられる。

 

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