ニッポンたのしい。

楽しそうなことを求めて日々右往左往するさまを無様に綴ります。

ラーメンの道 ~食い道楽帖その8~

 新宿に向け、四谷は本塩町の路地にとめてあるクリーム色の愛車にまたがり、颯爽と漕ぎ出す。四谷見附を右に折れ新宿通りを疾走する。四谷三丁目、新宿一丁目、新宿御苑、二丁目、そして伊勢丹があり、紀伊国屋書店があり、スタジオアルタの前で厳重に鍵をかけて愛車を駐輪する。

 理由はわからないが、とかくアルタ前は自転車が回収されることはない。タモさんのお蔭なのかはしらないが、知る人ぞ知る新宿の謎である。

 

f:id:dongurime:20151122151941j:plain

 

 アルタ前公園を横切り、ライオンのオブジェに10円放り込みガオオォとやってから交番の前を通って脇へ抜け、従業員用の入り口からマイシティへ入る。いまやルミネエストになっているけれど、マイシティが当時の私のバイト先だった。

 ラーメン屋でラーメンを配ったり、片付けたり、湯切ったり、マカナイを食べたりする、今思えば、私の社会との最初の接点が、今はなき 『新宿・くじら軒』であった。
 湯を沸かし、鶏ガラ、豚ガラ、かつ節、煮干し、リンゴ、生姜、玉ねぎ、お葱、昆布を煮込みエグミの出る直前で取り出し、またしばらく弱火でトロトロやると、えも言われない透明なスープができあがった。
 当時は別段、ラーメンなぞ、と特段気にもとめていなかったのだけれど、先輩に誘われるがまま面接に行き、普通に受け答えができたから、という、幼稚園の入園試験みたいな理由でお店でつかってもらえることになった。すると早速、毛艶のいいロン毛のお兄さんが塩ラーメンを作ってくれた。

 

f:id:dongurime:20151122153750j:plain

 

 口をつけて驚いた。麺を口にするや、ダシの香りが鼻に抜けた。麺を食べて飲み込んでみると、また喉奥から旨味の余韻みたいなものが込み上げて、こう何度も何度も美味しいと驚いてしまう。

 それから随分ラーメンにハマり、九州系の各種豚骨、家系、つけ麺、次郎系、などなど様々にラーメンを嗜んできたが、いまでもあの時のラーメンが最高峰である。食っても食っても美味かった。

 当初は本店より伊藤さんという仕込みの達人が派遣されていたらしい。しかし彼の帰任後、味を店長に任せたのがいけなかった。一説によると、店長は味音痴であったとの話もある。無論、今やその店はなく、あの時のあの味は、果たして幻となった。一度本店に伺って食してみたことがあったが、動物系の味がよく出たスープをしており、魚介系の旨味が強かった新宿のものとは別物であった。

  スープの味は日々変わる。素材の味が変わるからだ。蜜入りの時期のリンゴを使うとスープは甘くなる。また、仕込み担当が体調がすぐれないと仕込みが雑になり、スープの透明度は落ちる。スープは日々変化するのだ。逆に言うと、大量生産したスープを本店から運んでくるチェーン店では味の振り幅は少ないのかもしれないが、翻って風情はない。

 ラーメンの高みを知ってしまった今、わざわざ行って並んで食って、言うほどでもなかったなぁ、なんてこともしばしばある。ただ最近は、市ヶ谷辺りのラーメン屋に名店が多いように思われる。