ニッポンたのしい。

楽しそうなことを求めて日々右往左往するさまを無様に綴ります。

ラーメンの道 ~食い道楽帖その8~

 新宿に向け、四谷は、本塩町の路地にとめてあるクリーム色の愛車に颯爽とまたがり、颯爽と漕ぎ出す。四谷見附を右に折れ新宿通りを疾走する。四谷三丁目、新宿一丁目、新宿御苑、二丁目、そして伊勢丹があり、紀伊国屋があり、スタジオアルタの前に厳重に鍵をかけて愛車を停める。

 理由はわからないが、とかくアルタ前は自転車が回収されることはない。タモさんのお蔭なのかはしらないが、知る人ぞ知る新宿の謎である。

 

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 アルタ前公園を横切り、ライオンのオブジェに10円放り込みガオオォとやってから交番の前を通って脇へ抜け、従業員用の入り口からマイシティへ入る。いまやルミネエストになっているけれど、そこが当時の私のバイト先だった。

 そこのラーメン屋でラーメンを配ったり、片付けたり、湯切ったり、マカナイを食べたりする、今思えば、私の社会との最初の接点が、今はなき 『新宿・くじら軒』であった。
 湯を沸かし、鶏ガラ、豚ガラ、かつ節、煮干し、リンゴ、生姜、玉ねぎ、お葱、昆布を煮込みエグミの出る直前で取り出し、またしばらく弱火でトロトロやると、えも言われない透明なスープができあがった。
 当時は別段、ラーメンなぞ、と特段気にもとめていなかったのだけれど、先輩に誘われるがまま面接に行き、普通に受け答えができたから、という、幼稚園児みたいなかわいい理由でお店で使ってもらえることになった。すると早速、毛艶のいいロン毛のお兄さんが塩ラーメンを作ってくれた。

 

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 口をつけて驚いた。麺を口にするや、ダシの香りが鼻に抜けた。

 麺を食べて飲み込んでから、また喉奥から旨味の余韻みたいなものが込み上げて、こう何度も何度も美味しいと困ってしまう。

 それから随分ラーメンにハマり、九州系の各種豚骨、家系、つけ麺、次郎系、などなど様々ラーメンを食べてきたが、いまでもあの時のラーメンがマイベストである。食っても食っても美味かった。

 当初は本店より仕込みのプロが派遣されていたらしい。しかし彼の帰任後、味を店長に任せたのがいけなかった。一説によると、店長は味音痴であったらしい。無論、今やその店はなく、あの時のあの味は果たして幻となった。一度本店に伺って食してみたことがあったが、動物系の味がよく出たスープをしており、もはや別物であった。

  スープの味は日々変わる。素材の味が変わるからだ。蜜が入る時期のリンゴを使うとスープは甘くなる。また、仕込み担当が体調を崩しているときは仕込みが雑になり、スープの透明度は否応なしに落ちる。きちんと作れば作るほど、スープは日々変化するのだ。逆に言うと、大量生産したスープを本店から運んでくるチェーン店では味の振り幅は少ないのかもしれないが、返って風情はないのかもしれない。

 物事の高みを味わうには時間と労力が必要である。しかし、毎度そんなことも知れいられないので、安くてサッと食えて安定して美味いのは、牛乳を鍋であっためてお湯の代わりシーフードヌードル。結局。

 最近は、これで我が溜飲をよしよしと宥めすかすかす日々であります。

 

 

 ラーメンの高みを知ってしまった今、わざわざ行って並んで食って、言うほどでもなかったなぁ、なんてこともしばしば。ただ最近は、市ヶ谷辺りのラーメン屋に名店が多いように思われる。

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