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ニッポンたのしい。

楽しそうなことを求めて日々右往左往するさまを無様に綴ります。

人にものを勧めることはアナルセックスだと思うが良い。

読み物 閑話

人にものを勧めるときは、

アナルセックスを思い浮かべると良い。

 

文字通りの意味であります。

が、自分の経験でなくていい。

 

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人に何かを勧められた経験は誰にでもあるでしょう。

おすすめの本、趣味、スポーツ、映画、おすすめの新興宗教、おすすめのネズミ講、などなどなど。

誰しも、いろんな人に様々なものを勧められてきているはず。そしてそのとき、ウザッったいなあと思ったはず。そしてそれらのアドバイスのうちで実際に役になったものが幾つあったでしょうか。

恐らく数えられるほどでしょう。

そしてそれらは、本当に尊敬でき、信頼できる人が勧めたごく一握りのそれに限られるのではないか。

 

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しかし、年月を経るにつけ、年嵩は増し、勧められる側から勧める側へと立場は移り変わる。
そして、つい、人にアドバイスをし、拒絶され、腹を立てる。それが真剣であればあるほど怒りは倍増する。

挙句の果てに、勝手にアドバイスをしておいて

 

「聞く気あんのか!?」

 

などと怒りだす。

そして、

 

「あのセンパイまじメンドクサイよね」

 

などと噂が巷を駆け巡り、気付けばウザイヤツ認定。

なんていうもは誰しも経験があるのではないでしょうか。

そこで考えました。

大切なのは、アドバイスをする前に一度、自分が今から人に勧めるのは、

 

アナルセックス

 

であると考えると良いのではないか。

 

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ここでいうアドバイスとは相手にとっては未知の領域の話をし、
理解してもらい、実際にそれを取り入れてもらい、実践してもらうことです。
未知の何某かを実践することはとても労力がいります。
場合によっては過去の自分の否定にもなります。
アドバイスを受入て実践することは辛く、怖いことなのです。
あなたにとっての辛くて怖い未知の体験とは何ですか?
私にとってそれは「アナルセックス」です。

 

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ここで、アナルセックスについて詳しく掘り下げてみたいと思います。

 

「肛門は第二の性器である」

 

古代ギリシャの哲学者・アリストテレスはこう述べています。
またミケランジェロが少年愛を好んでいたことはとても有名な話で、ミケランジェロもまた、アナルセックスの魅力に取りつかれた一人です。
古代ギリシャ人は通常のセックスよりもアナルを好んでいたようです。贅の極みを横臥していた彼らは、闘技場で試合を見ながら美食を食べ、酒を飲み、鳥の羽を喉の奥に差し込んでそれを吐き、また空腹になるとまた美食を、美酒を、永遠に楽しんだのだそうです。

そして彼らは通常のそれよりもアナルを好んだ。

何故か。

それは、アナルの方がより良かったからでしょう。

そそて現代、アナルセックスは未だアメリカのエッチなビデオでは主流となっていて、日本のそういったビデオ市場でも一定の支持を得ています。

何故か。

それはありていに言ってしまうと、気持ちいいからでしょう。

こうして歴史を振り返ってみると、多分、おそらく、悪いものではないことはなんとなく分った。

しかし、私は痔持ちなので、入れられるの絶対怖いし潔癖症なので入れたくもない。でもその恐怖を乗り越えてこそのなにかがきっとあるのでしょう。その可能性を否定することはできません。知らないものを否定することは教養のなさの現れでしょう。

 

しかし!

アナルセックスなんかしたくない!

 

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人にものを教えるということはつまりはそういうことではないかと、私は思っています。

どういうかというと、その勧められたものが実際にどのくらい素晴らしいものか、どのくらい辛いものか、逆にどのくらい無意味で酷いものなのか、それはやってみないと分かりません。

アナルセックスのみならず、ヨーロッパ旅行行ってきたんだけど最高だった、結婚、出産はしておいた方が良いと親や友達が言ってくる、インドに行くと人生観変わる。

などなどなど、様々な未体験で良いものらしい事象は山ほどあると思います。

では、今、自分が人にオススメしようとしている事象は果たしてそれらに勝るだけの素晴らしいものなのか?

例え実際にそれが良いものであったとしても、人にものをススメるということは、相手は自分の今までの習慣や考え方を否定され、さらには新しい何かを自分の中に組み込むことになる。

この構造はアナルセックスと変わりません。

 

『パリは最高よ。今までの自分の人生はなんだったのかって思ってしまったわ。あなたも一度行った方が良いわよ。パリに』

 

『アナルセックスは最高よ。今までの自分の人生はなんだったのかって思ってしまったわ。あなたも一度経験しておいた方が良いわよ。アナルセックス♡』

 

ね?

ほぼ一緒ですよね?

 

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人に物事を進めるときは、最低でもアナルセックスを勧めたときを想定したリアクションを覚悟をしておかねばなりません。そういう前提が頭の片隅にあれば、強弱の差こそあれ、相手がどういった訳で拒否感を示すのかは容易に想像がつきます。

人にものを勧めるとき、

 

「ああ、俺は、私は、いまコイツにアナルセックスを勧めているんだ。

だからこんな薄いリアクションでも仕方がないや。
ちょっと嫌がられても仕方がないや。」


次に人に何かをススメるときは、もっとちゃんと説明しないとな、もっと上手くプレゼンしないとな、そう思うことになるでしょう。

 

また、逆を考えてしましょう。


『この株を買ったら絶対もうかる!』
『このシンガポールのファンドの金融商品は原本割れがないうえに利息が5%だ!』


なんていうお話が舞い込んで来たら、いや、まてよ、ひょっとするとこれは、アナルセックスかもしれないぞ?

おいそれと、ホイホイと話に乗っかったら、とどのつまりはアナルセックスなんじゃないか?

そう考えることで一度冷静になることができますね。

 

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つまり何が言いたいのかというと、人にものを勧めるのは、アナルセックスと同じぐらい難しいということ。

そして、アナルセックスを含めたすべての物事は、勧められたときに最後に判断を下すのは自分自身であるということ。

その判断の際、頭の片隅にでもいい、アナルセックスを置いておいてください。
そうすることでより冷静で、より広い視野を持った状態で判断を下すことができますね。

私の、アナルセックスに関する思惟は以上になります。ご清聴ありがとうございました。

 

では最後に、この言葉を、読者諸賢に送ります。


心にいつも、アナルセックス。

 

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以上です。受け入れるか受け入れないかは、あなたの中のアナルセックスに手を当て、問いかけてみてください。おのずと答えは導き出されることでしょう。それでは皆さま、ごきげんよう。アナル。

 

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