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ニッポンたのしい。

楽しそうなことを求めて日々右往左往するさまを無様に綴ります。

ロッキンジャパンのチケットが取れたので。

村上龍

が、女にモテたいから、<フェスティバル>をやるのだと佐世保でぶち上げたのが私が生まれるはるか昔の1969年。その後、私が初めてフェスに参上したのは2008年のフジロック。

それは衝撃だった。

 

チケットが高い!

3日通しで4万2千円。学生だった私にはかなりのものだった。どれだけバイト先でラーメンを作り続ければ普段の生活プラスアルファで4万も稼ぐことができるのだろうかと考え、42時間、つまりは、通しシフトを4日連続で入ったら稼げると分かり、朝10時から晩11時まで4日働いた対価がそれに果たして値するのかなどと考えた。

今となって考えてみると、4日連続11時間労働なんてのは社会人ならままあることなので、ビビっていた当時の私を今は恥じる。

冷静になって、3日間通し、つまりフェスティバル36時間を4万2千円で買うということは、時給換算すると1200円弱だったので別に高くないか、と納得をした。

考えてみれば、神田祭や葵祭なんていう古来ゆかしきお祭りは、地域の人々が随分と手間暇かけボランティアで準備をし、市や県もお金も出して運営している。ロック・フェスなんてものはそれがないのだから、やはりその位の出費は致し方ないのでしょう。

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楽しかった。

カサビアン、underworld;、クルリ、Jason Mraz、The Music、モンパチ、ゆらゆら帝国、忌野清志郎(ガンにより欠場)、The Birthday、Simple Plan。

 

豪華なラインナップ。そしてほとんどが外国のアーティスト。カルチャーショック。関西の田舎から出てきたての学生に、それは衝撃だった。クラブどころか、普通のアーティストのライブ会場にも行ったことがなかった当時の私にはすべてが新しい世界だった。

フジロックの楽しさはライブだけではなかった。ライブ会場は8つほどある。小さな臨時のものも含めればもういくつかあるのかもしれない。それら全ての会場で、同時にライブが行われている。行く先々で誰かが歌ってパフォーマンスをしていて、大勢の人々が飛び跳ねてが盛り上がっている。そして会場と会場の間は林道になっていて、小川が流れ、その川に足を浸しながら白人の女性がビールを飲み、巻きタバコを吸う。小鳥が木々の間を飛び、そしてその林道の一部にひっそりと小さなハコが用意され、女性のアーティストがギター一本で緩やかな曲を弾き語っていた。

ライブはすごかった。雨が降り、カッパを着て前に詰め寄り、カサビアンを間近に観ながら飛び跳ねた。夜は巨大なグリーンステージ全体がクラブにようになり、エレクトリカルなDJがズンズンと響き渡る。疲れ果てたら、テントで眠る。そして朝起きて、グリーンステージに何気なくいくと、Jason Mrazが軽快に愛の歌を歌う。早い時間のグリーンステージは適度に空いていて、午前中から飲むビールは最高だった。

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オーストラリアのフェスティバル

以前、留学生の家を訪ね、オーストラリアのメルボルンに行ったことがある。そこで、「森の音楽祭」とやらに誘われた。それが私の初めてのフェスというものだった。

だだっ広い赤茶けたオーストラリアの無機質な平原に、カサカサと枯れかけた木が密集して生えている一角があり、そこに中規模の舞台があった。誰だか知らない外人が何か歌っていた。これのどこが森なのかと思った。

友人に、あれは有名なアーティストなのかと聞くと、知らない、知らないけれど、いい曲じゃないか、フェスってのはそういうものだ、という答えが返ってきた。確かに聞いているうちにいい気分になった。木の陰に折りたたみ椅子を置き、持ってきたウォッカをコークで割ったのを延々と飲み、ときに舞台に近づいて体を揺らし、また戻って飲み、隣の兄ちゃんに酒をやり、お礼にタバコをもらい、吸いなれないそれを吸うと妙な味がした。

舞台から戻ってきて椅子に座ろうとすると、知らない外人が私の椅子に座って寝ていた。おいおい、といってゆすり起こすと、「Oh,Im fucked,haha」と言った。「Fucked? by what?」と聞くと「Drink」と言ってまた眠り始めた。オーストラリアではベロベロに酔っぱらうことをfuckedというらしいことをそのとき知った。

会場は、乾燥しているから臭くはないものの、基本的にとても汚い。タバコはポイ捨て。空き缶はその場で踏みつぶされそこここに捨てられたままになっている。これもまたそういうものなのだそうだ。

そのときのことを思い出すにつけ、フジロックは、なんとゴミのない美しいフェスなのかと感嘆するばかりだった。 

 

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フジロック・セックス騒動

フェスの音楽は最高に楽しい。これは分かった。しかし、フェスを語るにあたってそれだけではつまらない。

昨年、『フジロックで3日間で5人とSEX騒動』なるものがあって話題になったことがあった。広告代理店勤務らしい一般の女性のツイッターアカウントの呟きがネットで拡散された。内容はタイトルそのままで、フジロックに通しで参戦して、テントで3日で5人とセックスをした、というツイートがスキャンダラスに拡散されたというもの。

その当時は、

 ◆フェスは音楽を純粋に楽しむイベントと聞いていたがロクなもんじゃないな

 ◆フェスってのはエロイ女が集まるんだな

 ◆フェスのリア充死ね

などなど様々なステレオタイプな批評が寄せられた。

どうも違和感があったので、フェスティバルの言葉の意味を調べてみた。

 (宗教的な)祭礼・祭典・祝祭や祝祭日*1

英語でも宗教儀式の意味合いのようだ。日本と変わらない。

件の批判は、フェスティバルにセックスが入り込んではいけないという前提からなされている。ただ、本来は祭りにセックスは付き物だったはず。江戸時代を文化的な豊穣期とするならば、フジロックでのエロ話は祭りの先祖返りとも見て取れるだろう。あるべき論を述べるなら、

 「へぇー、本格的な祭りだな」

 「古き良き祭りのようだ」

と解釈こそすれ、祭りに対して「フシダラだ」なんて、無知をさらして批判するのはどうか。以下、ウィキペディアで見つけた『盆踊り』に関する記載を引用。

鎌倉時代以降、経済力や自治力を得た民衆により新奇な趣向が次々に考案され、江戸時代初頭には絶頂を極めることになる。江戸では7月に始まり連日踊り明かしながら10月にまで続いた。 ~中略~ 盆踊りは未婚の男女の出会いの場にとどまらず、既婚者らの一時的な肉体関係をもつきっかけの場をも提供していた。ざこ寝という、男女が一堂に泊まり込み乱交を行う風習も起こり、盆踊りとも結びつき広まり、ざこ寝堂はほとんど全国の農村には存在した。これは昭和時代に至っても続いていた。(引用元:盆踊り - Wikipedia

盆踊りを楽しむ人は、純粋に踊りを楽しむもよし、双方合意の上、乱れた行いに興じるもよし。要は、幅広く清濁全てを飲み込むハレの場、それが祭りということなのでしょう。むしろ、そういった可能性も秘めてこその<祭り>。

ただ、あまりに風紀が乱れてしまい、痴漢など性犯罪が横行し、取り締まりが強化され、、、なんてことになると目も当てられないので、好きな人同士で合意のもと平和に楽しくやってください、と個人的には思うところです。

とかく結果的に祭りの幅を狭めてしまっては、それは文化的荒廃です。

是が非でも、合意の上で、フェスの雰囲気を楽しみつつ非日常的なエロいことしていただきたい。

 

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ロッキンジャパン!

フジロックは会場は新潟の山間なので雨に降られる前提で3日3晩踊り明かす。夜はテント場で3泊のテント泊。寝て、起きて、なお森の中でフジロック、という異空間に全身を浸していられる3日間。最高でした。

さて、なぜにフェスの話など始めたのかと言いますと、先だって、ロッキンのチケットが手に入ったからであります。ロッキンは、どうやら夜通しのDJのようなイベントはない模様。一度家に帰るか、どこかに泊まらないといけないらしい。面倒だ。

ロッキンは、果たしてどんな祭りなのだろうか。

文化とは、非論理的であり、下世話なものであります。今年のフェスは、どんな下世話なエピソードが飛び出すのか。タイムラインが今から楽しみです。ロッキンでも、面白いエピソード探してまいります!

 

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